『ルポ西成 ―七十八日間 ドヤ街生活―』『ルポ路上生活』『ルポ歌舞伎町』などディープな著作で注目を集める若手ルポライターの國友公司さん。

 初のエッセイ集『ワイルドサイド漂流記 歌舞伎町・西成・インド・その他の街』では、歌舞伎町、西成、インド、モンゴルなどを訪れては衝撃的な出来事に次から次へと巻き込まれ、パンチの効いた人間たちに翻弄され、時に命すら危険に晒しながら街を漂流するさまが魅力的に描かれます。

 本書の刊行を記念して「まえがき」を先行公開します。

ADVERTISEMENT

國友公司『ワイルドサイド漂流記 歌舞伎町・西成・インド・その他の街』

「バニラ求人」テーマソングを脳内で完コピ

 バニラバニラバニラ求人 バニラバニラ高収入~
 バニラバニラバニラ求人 バニラバニラでアルバイト~

 歌舞伎町の近くに借りているマンションのベッドで寝ていると、外から聞こえてきた爆音のメロディーで目が覚めた。こんな歌に起こされるなんて心底不快である。しかも、時計を見るともう昼の十二時。あー、またやってしまった。

 歌舞伎町に住み始めて早六年。ベランダから何度このメロディーが聞こえてきただろうか。一日一回は耳にしているとして、少なく見積もっても二千回は超えているはずだ。健全な大人ならまず住もうとしないこの街で得たものといえば、そんな「バニラ求人」のテーマソングを脳内で完コピしたことくらい。歌詞はもちろん、合いの手から音程まで、完璧に再現できる自信がある。ただ、その能力を人に褒められたこともなければ、誇ったこともない。

國友公司『ワイルドサイド漂流記 歌舞伎町・西成・インド・その他の街』

 これは巷で「バニラカー」と呼ばれているトラックから流れている音楽だ。ひたすら風俗嬢の募集をしている。いつどこで見てもひたすら風俗嬢の募集をしている。そして私は、いつ見ても同一人物である運転手の顔まで覚えている。眼鏡をかけた仏頂面のあのおじさん。バニラカーは歌舞伎町だけではなく日本全国で見かけるが、きっとドライバーはエリアごとに固定されているのだ。ただ、そんな豆知識は今後の人生において一切役に立たないことは分かり切っている。

「俺っていつも浴衣で過ごしてるんだよねっ」

 ウダウダしていたら知らないうちに十三時になっていた。重い腰を上げて布団を這い出た後は歌舞伎町にある喫茶店「パリジェンヌ」あたりで溜まっている仕事をやっつけて、十八時からは高田馬場に住んでいる友人と銭湯のサウナに行くことになっている。この友人というのがまた変な奴で、仕事以外のときはなぜかいつも浴衣を着ている。そして、会うと目をキラキラさせながら「俺っていつも浴衣で過ごしてるんだよねっ」などと言っている。そんな彼の話を「うんうん」と聞きながらメシを食べて酒でも飲んだらもう二十二時。もともと自堕落な人間しか住んでいない街だ。歌舞伎町の一日はこんな感じで過ぎていく。