日本企業研究を専門とするウリケ・シェーデ氏(米カリフォルニア大学サンディエゴ校教授)は、日本の先端企業が採ってきた戦略は、貿易摩擦が頻発しても、レジリエンス(強靭性)を発揮すると指摘する。日本企業の“強み”はどこにあるのか?(通訳=近藤奈香)

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「失われた30年」――バブル崩壊以降の1990年代から2010年代の日本は“停滞”し続けたとして、当然のようにこう評されていますが、本当にそうなのでしょうか。

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 ドイツ出身で米国に住む外国人として来日するたびに、「日本」に対する日本人自身の認識とのギャップを感じます。「日本はダメだ。希望はどこにもない」という悲観論をあまりに頻繁に耳にするのです。

ウリケ・シェーデ氏 ©文藝春秋

 人口減少、高齢化、経済成長の鈍化、政府債務の増大、地方の過疎化など、現在の日本がさまざまな問題を抱えているのは事実です。しかしいずれも、どの先進国も直面している問題です。

失われていなかった30年

 そんななか、たとえば東京のような人口規模で、これほど快適で清潔で安全な大都市は、世界的に見ても珍しい。日本全体としても、医療制度が充実していて国民の健康状態は良好。経済格差は以前より広がりつつあるとはいえ、他国に比べればはるかに穏やかで、治安も社会秩序も素晴らしく良好に保たれている。

 日本の人口規模は世界第12位ですが、GDPもいまだ世界第4位を誇っています。日本企業は、海外生産ネットワークを急成長させていますが、こうした国外での活動はGDPに含まれていません。

 もし「失われた30年」が事実なら、今頃、こんな魅力的な日本社会は存在していない。本当は「失われていなかった30年」だったのではないでしょうか。

 日本の経済と社会も、着実に変化を遂げています。しかしその変化のスピードはゆっくりです。日本は「スピード」を犠牲にして「安定」を手に入れたのです。「変化に時間をかけること」を日本のリーダーは意図的に選択したのであって、そこには日本社会の好みが反映されています。「スピード」より「安定」を重視することで、低成長が長期化しますが、日本は、比較的平等な社会で、失業者も少ない。「遅い」は日本の「弱み」ではなく「強み」なのです。